琵琶湖の南、三重県との県境に位置する信楽(しがらき)が、朝の連ドラの舞台になっている(ようだ)。無論朝が早いこともあり視聴はしていないが、六古窯(瀬戸、常滑、越前、丹波、備前、信楽)と呼ばれ中世から盛んだった窯業地の一つである。
奈良時代、平城京を開いた聖武天皇が一時、紫香楽に都を置き、鎌倉時代末期になると、焼きものの先進地域であった愛知県常滑焼の影響を受け、窯業産地として発展する。今でも主要な産業であり、街道沿いには店が軒を列ね、立派な陶芸資料館もある。
ここで述べる「古信楽」は、「侘び茶」の「枯れ、冷え」等の世界観と合致し、見立てられた室町時代の焼きものである。例えば、小さな壷に孔をあけ、掛花入れなどに転用した所謂「蹲(うずくまる)」は、もとは貯蔵用の種壷で、茶室のサイズにもあったこともあり茶人に好まれた。水や酒、味噌など、生活に欠かせない日常品を保存するための雑器は、五百年以上の月日の間に熟成し、どれも未だ現役!のように、一見渋いが、内側からじわーと染み出て、艶艶としたものが多い。
焼きものの「器が育つ」とか「景色がよくなる」ことは、本連載「古唐津」などでも取り上げたが、僕がとくに惹かれるのは、茶室のサイズにあわなかったこともあり、茶人には拾われなかった古信楽の大壺や大甕(おおがめ)だ。
十日とか長い間窯の高温の熱に耐えて仕上がった大壺や大甕には、多彩な表情があり、灰や緑釉が溶けて、青や茶色の自然釉になって流れたものなど千変万化、二つとして同じ景色はない。古信楽大壺や大甕の魅力が世に知られることになったのは昭和になってからで、『筑豊のこどもたち』や『古寺巡礼』で知られた写真家土門 拳が、1965年刊行した『信楽大壺』がバイブル的存在になっている。土門は、京都のある古美術店で信楽大壺と出会い魅了され、「今のぼくは、日本のやきものの中で、信楽の壷ほど魅力のある、そしておもしろいものはないと思うようになっている」と撮影した壷を自身で購入し、撮る対象から一歩踏み込んで、日常傍らに置き目と手で撫でたのである。
同じく写真家であり、大和の原風景を追い続けた入江泰吉は、「日本の壷は風景とまったく同じです。焼きものを形容するのに『景色』ということをいいますね。あれは実にいい言葉だ。ほんとうに景色とちっとも変わらない」と述べ、東大寺境内の程近くになる自宅で愛でた。映画監督黒澤明氏も、「中世の色」と題して次のような言葉を残している。
焼物はいたって不案内だが、古い信楽の壷はおもしろい。淡紅の壷、灰青の壷、渇黒の壷、形も自在に、けしきも異る。清冽な湧き水のような自然釉の流れも、緑苔のような灰被の風致も、人の巧みではなく、いわば中世の、空の、山野の、移ろう色を見るようである。自然で、健康で、素朴なふしぎにうつくしい信楽の壷は、手にずっしりと快く重い。遠い世の、祖先たちからくる重みのようである。
黒澤監督は古い壷から、戦国時代のワンシーンをイメージしたのである。紫香楽宮跡に行くと、美しい松林に囲まれた森の中に、三百を超える礎石がある。廃墟の景色は、紫香楽宮造営を断念した聖武天皇の無念さや、古信楽の景色の「侘び」に見所をみた茶人らの思いと重なって見えてくる。入江が言うように、古窯のとくに大壺の景色は、多様なる日本の原風景の、写し鏡なのかもしれない。
最後に小林秀雄の言葉をひいておく。
私は、壷が好きだ。もし焼物に心があるなら、盃も徳利も皿も鉢も、みんな壷になって安定したいと願っているようにすら感じられる。古信楽の壷は、特に好きだ。その「けしき」が、比類ないからだ。「けしき」という言葉も面白い言葉である。これも、実体感、或いは材質感のなかに溶け込んだ一種の色感を指して言うものだ。
「壺中天」という言葉がある。焼物にかけては世界一の支那人は、壷の中には壷公という仙人が棲んでいると信じていた。焼物好きにはまことに真実な伝説だ。私の部屋にある古信楽の大壺に、私は何も貴重なものを貯えているわけではないが、私が、美しいと思って眺めている時には、私の心は壷中にあるようである。「信楽大壺」
白洲信哉
1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュース。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。近著は、『美を見極める力』(2019年12月 光文社新書刊)。
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February 25, 2020 at 08:57PM
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