「春眠暁を覚えず」という言葉があるように、古来、春は眠気をさそわれやすい季節とされる。しかし、現代においては、睡眠に対して悩みを抱える人は多い。2018年に国が行った「国民健康・栄養調査」では、成人のおよそ4割が6時間未満の睡眠しか取っていない。どうすれば眠りの質を高められるのか。その助けになることを目指しているのが眠りに関わるテクノロジー「スリープテック」(眠り+テクノロジーの造語)だ。
2010年代初めごろから盛り上がり始めた「スリープテック」は、センサーで睡眠中の様々なデータを計測し、そのデータをもとにITやAIなどを組み合わせてソリューションをうみだす。これまでは当人が「よく眠れた」「すっきり目覚めることが出来た」といった形で主観的に判断するしかなかった「眠り」を、客観的に分析することを可能にするものだ。
「スリープテック」の市場規模は拡大の一途をたどっており、今年、米ネバダ州ラスベガスで開催される電子機器の見本市「CES」でも専用エリアが設けられ、50社以上が関連の展示をするほど。国内でも家電メーカー、通信会社、寝具メーカー、スタートアップなど様々なプレーヤーが参入している。
眠りについて悩む人に参考にしてもらうべく、国内の企業が手がける「スリープテック」をいくつか紹介したい。
眠りやすく、目覚めやすい「眠りの自動運転」
寝具メーカー「パラマウントベッド」(東京都江東区)は、医療や介護分野でのビジネスで獲得したノウハウを詰め込んだ高性能自動運転ベッド「アクティブスリープ」を展開している。
特徴はスマートフォンでベッドの動きを操作できること。専用アプリケーションから「リラックス」「腰楽」「足楽」と好みを選択するだけで、ベッドの背中や足の部分の高さが変化する。またベッドの角度を1度刻みでカスタマイズして、お気に入りの姿勢を「じぶんポジション」として記憶させておくこともできる。
同社は、リラックスできて寝付きやすい「入眠姿勢」を最も重要視しているそうだ。理想の角度にマットレスを調整すると、全身に荷重を分散して背中や腰への負担が軽くなり、胸腔(きょうくう)を広げることで呼吸を楽にしてくれるという。同社の研究機関「睡眠研究所」の主幹研究員の椎野俊秀さんは次のように語る。
「ベッドの形を調節することで、寝心地の良さの向上を狙います。このベッドを使うことで睡眠効率の向上や中途覚醒の減少、『眠気(ねむけ)』が改善されることなどを示唆する研究結果も出ています」(椎野さん)
このベッドには、ユーザーの睡眠状況にあわせて形を変化させる「自動運転」機能もある。背中の曲線にぴったりフィットする「入眠姿勢」のままでは寝返りがしにくい。そこで、この自動運転ベッドは、ユーザーが充分に眠りに入ったと判断すると、睡眠状態や心拍数を確認しながら寝返りが打ちやすいフラットな状態になるまで、ゆっくりと形状を変化させるのだ。
さらにアプリで起床時刻を設定しておけば、指定した時間の30分ほど前から眠りの浅いタイミングで背中が徐々に起き上がり、ストレスの少ない目覚めを促してくれる。入眠、睡眠、起床までを、ベッドがサポートしてくれる。
老舗寝具メーカーによる「眠り」のサポート
創業454年を誇る老舗寝具メーカー「西川」も社内に眠りについての研究施設「日本睡眠科学研究所」(1984年設立)を設け、大学や外部研究機関と協力しつつ、研究の成果を商品開発やサービスに生かしている。
同社が2017年に始めた事業が「ねむりの相談所®」だ。こちらは、日本睡眠科学研究所が認定する眠りと寝具のプロフェッショナル「スリープマスター」が、西川の店頭で「眠り」の疑問や悩み解決のサポートを行うサービス。利用者に記入してもらった睡眠についてのアンケートに基づき、睡眠だけでなく、就寝前や朝起きた時の習慣、日中の活動や食事の回数といった生活全般についてアドバイスする。また、寝室の環境や寝具についてのコンサルティングも行っている。
チェックシートを用いたカウンセリングは、目新しいテクノロジーではないのではないか? そう思われる方も多いだろう。
西川はカウンセリング後に、自分の眠りについてさらに詳しく知りたい利用者に「睡眠環境解析サービス」を用意している。直径3センチほどの小型活動量計を1000円で貸し出し、睡眠時のデータを1、2週間にわたって計測した後、再度店舗でアドバイスを行う。
「約1週間、お風呂に入るとき以外、日中も就寝中も腰部分に装着していただき、日中の活動量、入眠時間、覚醒時間、睡眠時の体の向き、寝返りの回数などを計測します。その後、『ねむりの相談所®』で測定データをお客様と一緒にチェックした上で、寝室環境、寝具環境、睡眠習慣といった眠りについてのトータルアドバイスをします。例えば寝返りが極端に少ない方には抱きまくらや敷きふとん、寝入るまでの時間が長い場合は、入浴の時間、ハーブティー、アロマなどをおすすめします」(西川広報担当・森優奈さん)
さらに寝室の環境をチェックするシステムも用意されている。活動量計と同サイズのデバイスを同じ1000円で貸し出し、寝室の温度、湿度、照度、音圧、気圧などを測定。前述のスリープマスターが、アンケートと活動量計のデータと合わせて分析し、理想的な眠りを生み出す提案をする。「寝室の温度に合った掛け布団など寝具をすすめることもありますが、照明の変更や加湿器の導入などを提案することもあります」と森さん。
同社はパナソニックと共同でよりよい睡眠環境を提供するサービスの開発に取り組み、センサー内蔵のマットレスの販売も開始している。こちらはエアコンや照明などの家電との連携が可能で、寝室の温度や明るさ管理などもできるという。寝具だけでなく寝室の環境全体を改善することで良質な睡眠に導くという発想だ。
眠りが変われば、仕事の質も上がる? 法人向けの睡眠改善サービス
個人ユーザーをターゲットとしていたパラマウントベッドや西川とは異なり、企業をターゲットにサービスを展開するのがニューロスペースだ。
同社の法人向けサービス「leeBIZ(リービズ)」は、企業が従業員の眠りを改善するためのプログラム。同社が、イスラエルの企業「EarlySense(アーリーセンス)」との協業で開発した高精度センシングデバイス(センサー)をマットレスの下に挿入すると、眠りの深さや睡眠時間などを計測できる。
取得した呼吸・心拍・体動などのデータを解析することで、寝つきまでの時間や中途覚醒時間と回数、ノンレム睡眠やレム睡眠といった睡眠のステージなどをはじき出すことが可能だという。
同社もまた、デバイスが集めた客観的なデータと「よく眠れたか」「朝のすっきり感」「昼間眠気が来ないか」などのユーザー(契約した企業の従業員)へのアンケート結果を組み合わせて、それぞれに適したアドバイスを行っている。
その際に利用されるのが、同社が企業向けに行う睡眠のコーチングサービスで得たアンケート結果。その数は一万人分にもおよぶ。同社はこれを「主観データ」と呼び、デバイスの集めたデータと区別している。
「快眠のあり方は、遺伝的な体質である『朝型/夜型』、つまりクロノタイプ(個人固有の活動・休憩の時間的傾向)やライフスタイルによって大きく変わってきます。これまでさまざまな業種の、夜勤やシフト勤務を含む多様な働き方をしているビジネスパーソンを対象に睡眠の研修会を行ってきました。そこで得られた快眠のノウハウに、ユーザーの主観データとデバイスを使って得た客観データを組み合わせて分析した上で、個人に寄り添ったより良い眠りを目指すためのソリューションを提案しています」(ニューロスペース代表取締役社長・小林孝徳さん)
いまのところ、利用した企業の評判は上々だという。3カ月のプログラムを利用した第1期参加者の主観的な睡眠満足度を調査したところ、導入前の調査に比べて61ポイント(100ポイント満点)の改善が見られた。その一方で、デバイスで取った客観データからも85%のユーザーに睡眠の質の上昇が見られた、と同社は説明している。
「眠りの質を最大限に上げ、また体に負担を与えにくい眠り方を習得すれば、眠りも昼間の過ごし方も変わってくる。公私共に充実し、QOLが上がり、生活に好循環が生まれるはずです。しかも一度身につけた眠りの技術は仕事を引退した後も使える。もはや“一生物”の財産と言っても過言ではありません」(小林さん)
現在は企業を中心にサービスを提供するが、今春にはANAとの協業で時差ボケ解消のためのスマホ用アプリをリリースする予定で、その後も一般ユーザーへのサービスにも対象を広げていく方針とのことだ。
本稿では三つのスリープテックサービスを取り上げた。だが、同種のサービスはいくつも存在し、2020年に入ってからも、スリープテック関連のヘルスケアサービスが次々に発表されている。現代人の生活習慣が根本から変化でもしない限り、「良い眠り」を提供するビジネスの市場規模は、さらに拡大していきそうだ。
しかし、こうしたサービスはあくまで個人の睡眠改善をサポートするもの。睡眠にまつわる本気の「悩み」については、医療機関に足を運ぶことをおすすめしたい。
取材・文/吉田大
撮影/牧野慎吾(パラマウントベッド)・藤島亮(ニューロスペース)
トップ画像/Martin Barraud(Getty Images)
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March 30, 2020 at 10:11AM
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