長引く巣ごもり生活で、動物園や水族館の動画配信が注目を集めました。この方法で映画を見ている人も少なくないと思います。アマゾンプライムやネットフリックスのCMを目にする機会も多くなりました。映画館での観賞が当たり前という考え方はもはや古いのでしょう。新型コロナウイルスの感染拡大でその流れは早まることになりそうです。【相原斎】
今月に入って、アメリカのアカデミー賞の主催協会が、来年の賞に限り、ストリーミング(動画配信サービス)のみで見られる映画も選考の対象とすることを決めました。
これまでは、地元ロサンゼルスの映画館で1週間以上上映された作品だけが対象となっていたので、これは大きな変化です。ウイルスまん延の非常事態で映画館での上映が難しくなっているためです。パラマウント、ユニバーサルなど、メジャースタジオと呼ばれる大きな映画会社も公開前に動画配信するケースが出てきています。しかし、来年1回限りとしたところがポイントで、91年の伝統がある協会には「映画は映画館で上映されるもの」という考えが根強いのです。
125年前に映画が生まれた国、フランスのマリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督(57)に思いを聞きました。
「実は私の息子もiPhone(アイフォーン)で年中ネットフリックスを見ています。ちょっと気がかりです。映画を携帯やタブレットだけで『消費』してしまうのは決していいこととは思いません。映画館で見るという体験は文化的に貴重なことだと思うからです。みんなで感動を共有することが映画本来のあり方ではないでしょうか」
フランスには映画館での観賞を大切な文化と考える人が少なくないのです。
一方で、ネット上に動画を提供する配信サービスの広がりは止まりません。昨年の時点で日本のアマゾンプライム利用者数は約800万人、ネットフリックスが約300万人と言われています。世界でみると、最近の総巣ごもり化の影響が明らかです。アマゾンは今年2月に利用者数1億5000万人突破を発表、一方のネットフリックスは4月に1億8286万人の利用者数を明らかにしました。
いずれも基本契約は月額1000円以下で、映画館の入場料金の半額以下という手軽さが強みです。安いから入会する。利用者が増えるから、配信会社にはお金の余裕ができるという好循環ができあがっているのです。映画会社が作った上映済みの作品やテレビ局で放送したドラマやバラエティー番組に加え、配信会社が独自に製作したオリジナル作品も増えてきました。これが利用者増にさらに拍車を掛けているのです。
一昨年のアカデミー賞で3部門受賞となった「ROMA/ローマ」(アルフォンソ・キュアロン監督)や昨年11月に配信されたマーティン・スコセッシ監督の「アイリッシュマン」はネットフリックスのオリジナル作品です。昨年配信された同社のオリジナルドラマ「Giri Haji」に主演した俳優の平岳大(45)は振り返ります。
「オーディションに4カ月。忘れた頃に合格の知らせが来ました。お金の掛け方はハンパじゃありません。2分のシーンのために3日間リハーサルします。高級レストランのアクションシーンではそこにあるワインボトルを全部割る迫力でしたけど、撮り直しのためにワインは4回分用意されていました。しかも、それが作品の見せ場というわけではなくて普通のシーンのひとつにすぎないんです。全8話のドラマでしたけど、大作映画8本分を撮った感じでしたね」
ネットフリックスの一昨年の売り上げは約1兆6000億円、アメリカの映画館全体の同年の売り上げ(興行収入)が約1兆2000億円ですから、たった1社でこれを大きく上回ったことになります。
同社の関係者から平はこんな話も聞いたそうです。
「ライバルや映画会社に負けないために、利益を残して他のことに使うことはせず、ほとんど全部を新たなオリジナル作品につぎ込むそうです。すでにトップなのに断トツになるまでそれを続けるというんです」
映像産業の中心は、映画会社や映画館から、配信会社に移りつつあるというのが現実なのです。
■映画館は臨場感追求しイベント化
動画配信に対抗して、映画館側は観賞イベント化を進めています。
映像を立体的に見せる3D以外にも、新しい上映方式が加わりました。IMAXは、スクリーンの上下左右を壁いっぱいに広げ、画質、音質も現在の最高水準のものを導入しています。
4DXは臨場感を追求。シートが動き、風や水しぶき、匂いなどの15種類の特殊効果を備えています。これに突き上げや地響きなどを加えたMX4Dというシステムもあります。
7年前の「アナと雪の女王」からは「応援上映会」も注目されるようになりました。劇中の曲に合わせて観客も一緒に歌う上映会です。音楽ライブ用の音響セットを使って大音量で上映する「爆音映画祭」も頻繁に行われています。
私が学生だった70年代には普通の映画館にも参加型の趣がありました。「男はつらいよ」の上映館では、劇中で道に迷った寅さんに「寅、そっちじゃねえぞ」と声をかけるおじさんがいて、観客みんなが笑いました。何とも言えない一体感だけは、配信サービスも満たすことができません。
◆相原斎(あいはら・ひとし) 1980年入社。文化社会部では主に映画を担当。黒沢明、大島渚、今村昌平らの撮影現場から、仏カンヌ映画祭まで幅広く取材した。著書に「寅さんは生きている」「健さんを探して」など。マイベスト1はフランソワ・トリュフォー監督の「アメリカの夜」(73年)。
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May 17, 2020 at 07:59AM
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