フリーアナウンサーの宇賀なつみさんは、じつは旅が大好き。見知らぬ街に身を置いて、移ろう心をありのままにつづる連載「わたしには旅をさせよ」をお届けします。初めて訪れたインドの、音、におい、景色とは。
「何も知らない インド」
着陸態勢に入ったというアナウンスが機内で流れる。
街を見下ろそうと窓の外に視線を移すと、真っ白で何も見えなかった。
雲の中にいたのではない。
大気汚染によるスモッグの中にいたのだ。
なんだかとんでもないところに来てしまったなぁ。
初めてのインドは、
いい意味で予想を裏切られてばかりだった。
信号がほとんどないので、常にクラクションの音がする。
牛も豚も犬も猿も、人間と同じようにその辺をうろうろしていて、
その横スレスレのところを、オートリクシャーや高級車が抜けていく。
とにかくルールが感じられない。
そんな中で生活するのは難しそうな気がするけれど、
人間が一番偉いわけではないということを、思い出させてくれる。
スパイスと砂ぼこり、そして糞尿(ふんにょう)の臭い。
ゴミの山がいくつもできた通りで、
大人たちも、立ったまま用を足していた。
決して清潔ではない。
快適でもない。
一日中歩き回った後シャワーを浴びると、
鼻の中が黒くなっていて驚いた。
それでも、3日もすれば慣れてしまう。
そんな空気の中で飲むチャイがおいしくて、
震えるほど感動したりできるようになる。
「うちのマサラチャイはうまいだろう」
おじさんが満足そうに笑っていた。
人って皆優しいんだと思える。
普段は、そんなことすっかり忘れているのに。
今年中には中国を抜いて、
人口世界一になると言われているインド。
どこに行っても人が多く、特に若者が目立っていた。
世界遺産でも、あふれかえる観光客の多くはインド人。
地方からやってきた彼ら彼女らは外国人が珍しいみたいで、
恥ずかしそうに手を振ってくれたり、写真を撮ってくれと頼まれたりした。
「コンニチハ」「アリガトウ」
日本のアニメで覚えたという日本語を、披露してくれた少年もいた。
皆、瞳の奥がキラキラしていた。
最近ずっと見ていなかった光だった。
大みそかの夜、ホテルでディナーをしていると、
目の前でインド舞踊が始まった。
軽快なリズムの音楽に合わせて、
色鮮やかな衣装をまとった女性たちが踊っている。
ついこちらも体を動かしてしまう。
すると、踊っている女性のひとりが手招きをした。
誘われているのだろう。
さすがにひとりで出ていくのは勇気がいる。
そう思っていると、
隣の大家族の中のひとりが立ち上がって、前へ出た。
よし、私も!
パラパラと何人かが集まり、
ダンサーたちと一緒に見よう見まねで踊った。
首や腰の動きが難しくて、意外とハードだった。
そろそろ席に戻ろうと思って外へ出ようとすると、
腕をつかまれ引き留められる。
結局最後まで参加してしまい、ヘトヘトになったけれど、
世界中から集まった人たちと、
手を取り合って踊ることができた。
「いいダンスだったね!」
他の宿泊客たちが声をかけてくれる。
たくさんの拍手に包まれて幸せな気分だった。
滞在中は毎晩カレーを食べていた。
そこまで辛く感じないのに、数分後に汗が噴き出してくる。
どの店も少しずつ味が違って、全く飽きることはなかった。
帰国後は、よく尋ねられた。
「おなか壊さなかった?」
「体調は大丈夫?」
私もかなり用心していた。
整腸剤や粉末の補水液を持って行ったけれど、
幸いお世話になることはなかった。
実際に行ってみないとわからないことが、たくさんある。
私はまだ、世界のことを何も知らない。
自分のことですら、どれくらい知っているのかわからない。
だからこそ、旅を続けるのだと思う。
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