
情勢が大きく変わり、社会が殺伐としてきたように思う。世間は暗いニュースばかりだし、人々の使う言葉も荒くなってきた。人と会えば、景気が悪い、会社が傾くという話題ばかりだ。 しかし、面白いことに、時計愛好家、つまり時計オタクたちの世界はなにひとつ変わっていないように見える。表向きだけかもしれないが、オタクたちは、オンラインでもオフラインでも嬉々として時計の話をし、それは社会全体が暗くなるほどいっそう顕著になってきた。思い起こせば、リーマンショックの時もそうだった。社会がどうなろうと、趣味人たちの行動は一貫してブレがない。 先日、ある時計オタクと話をした。彼も景気が悪くなったので、収入が下がったと話した。状況が悪いのは、時計好きたちのツイッターを見れば分かる。少し前は、時計を買ったという投稿で賑わっていたのに、最近とんと見かけなくなったのだ。「社会が良くなり、また好きな時計を買えるといいですね」と答えたところ、「いや、新しい楽しみを見つけた」と言う。聞くと、時計を磨くのが楽しいとのこと。直接会ったわけではないが、心底嬉しそうなのは、文面から伝わってきた。 こもって磨く、という趣味は、靴好き、とりわけ日本の靴好きの間ではポピュラーである。かつて来日した靴好きが、「靴磨きを洗練した職業に変えたのは日本人しかいない」という妙な褒め方をしていた。日本で、そういう職種が成立するのも当然で、ある程度の靴好きならば、自分できちんと靴を磨くし、人によっては、鏡面に仕上がった銀面を見て、一人でニヤニヤしたりする。靴が好きでない筆者でさえ、そういう傾向がないとは言えない。その人は、日本人はきれい好きだから、と理由を推測したそうだが、私たちは内にこもるとフェチになるのではないか、と思っている。 さて、くだんの時計好きである。今までに買ってきた時計を丁寧に消毒し、汚れや小傷を落とし、光にかざして楽しむのだという。彼は恐妻家で、「嫁」に隠れて時計趣味を楽しんでいる。しかし、彼女は磨くことに対しては寛容らしい。そりゃあ時計を買わなくて済むんだもの、機嫌がいいのは当然だろう。 そういう人たちに触発されて、筆者も時計を磨くようになった。靴磨きほど楽しくはないが、持ち物がきれいになるのは嬉しい。そうなるとグッズが増えるのは必定で、抗菌クリーナーだの、磨き布だの、コーティング剤だのが揃いはじめ、今やeBayで汚いアンティークを物色するようになった。本末転倒だが、オタクの性だから仕方ない。 こうなると、周囲の人たちも黙っていない。先日、オンラインで会議をやった。相手は清掃用品をつくるレックという会社の社長さん。家にこもると時計を磨きたくなるから、汚れを落とすための抗菌布を売ったらどうかといってみた。めちゃくちゃな注文だと思ったが、目端の利く人たちが、オタクの“磨き需要“に注目しはじめたのは間違いない。 筆者が汚いアンティークに惹かれるのと同じく、いよいよ一部のオタクたちは、何で磨くか、どう磨くかを超えて、磨いて楽しい時計とは何か、を考えるようになったらしい。どんな経路をたどっても、最終的には物欲に至るのが彼ら・彼女らの恐ろしいところだ。いよいよ外に出られなくなったら、こういう連絡が来るようになった。曰く、磨けば光るブロンズケースの時計をどう思うか? 経年変化を味わえる銀ケースの時計はもうつくっていないのか? 今のウイルス騒ぎが収まったら時計業界がどうなるのか、実のところ、それは誰にも分からない。しかし、ひとつだけ言えることがある。強制引きこもりを通じて、一部のオタクたちは、時計を磨くことに喜びを見出してしまったらしい。景気を回復させたいメーカーは、ぜひきれいにする手応え感に満ちたブロンズケース、銀ケースの時計をつくるべし。少なくとも、筆者はブロンズケースの時計が欲しくてたまらないぞ。
広田雅将 Masayuki Hirota
1974年、大阪府生まれ。時計ジャーナリスト。「クロノス日本版」編集長。大学卒業後、サラリーマンなどを経て2005年から現職に。国内外の時計専門誌・一般誌などに執筆多数。時計メーカーや販売店向けなどにも講演を数多く行う。ドイツの時計賞「ウォッチスターズ」審査員でもある。 Words 広田雅将 Masayuki Hirota Illustration 室木おすし Osushi Muroki
"時計" - Google ニュース
June 13, 2020 at 07:42AM
https://ift.tt/2UBMPIz
緊急事態宣言下、時計を磨き続けたワケとは?(GQ JAPAN) - Yahoo!ニュース
"時計" - Google ニュース
https://ift.tt/2Pbci8l
Shoes Man Tutorial
Pos News Update
Meme Update
Korean Entertainment News
Japan News Update
Bagikan Berita Ini
0 Response to "緊急事態宣言下、時計を磨き続けたワケとは?(GQ JAPAN) - Yahoo!ニュース"
Post a Comment