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“ド定番時計”を選んでみました── 「日本一の時計通」による“口プロレス”が実現!【前編】 - GQ Japan

──100年に一度といわれるパンデミックのなかで、これまでのライフスタイルや価値観が人それぞれに揺さぶられています。時計好きにとっても、いま、あらためて「いい時計」とは、「自分にとって必要な時計」とは、という問題意識が高まっているのではないでしょうか?  

広田:そうですね。本当のところ「いい時計」ってどんな時計なのか、というのは、やっぱりみんながいま思っていることでしょうね。飛田さんとこういうお話をするのははじめてですよね?

飛田:はじめてですね。私が最初に買ったスイス製のゴールドウォッチは、定番のジャガー・ルクルト「レベルソ」でした。日本デスコに入社してすぐ。今で言うスモールサイズで、Cal.846が入った黒ダイアル。アールデコですね。

広田:僕はバラバラと何本も買ってきたけど、自分にとっての定番って何だろう?

──広田さんには、何度も買い直している時計がありますよね。

広田:そうそう。いちばん多く買い直したのはIWCの「Ref.810」。Cal.89が入った直径34mmくらいの防水ケースですけど、本当に普通の時計なんです。

飛田:広田さんなら、当然日付はナシですか?

広田:はい。日付ナシの3針です。ものすごく地味なんですけど、8〜10回は買い直していると思います。

飛田:それって全部、別の個体なんですか?

広田:全部違う個体です。むかしはサラリーマンをやってたんで、どんなシーンでも普通に使えることが大事でした。

飛田:小ぶりで、デザインも目立たず、地味な部類のIWCですものね?

広田:そうです、そうです。人によって好みのテイストは違うんでしょうけど、自分にとってはこれかな……と。

飛田:この業界に入って、最初に欲しいな、好きだなって思ったのは、やっぱりパテック フィリップの「カラトラバ Ref.96」なんですけど、いまだに影響は受けていますよね。

カラトラバ Ref.96

広田:キューロク? クンロク? 呼び方はわからないですけど……。あれってサイズは小さいんですが、針とかインデックスが立体的で、見やすいじゃないですか? 凝縮感があって。

飛田:あれを見て、後継モデルの「Ref.3796」を買ったんですよ。忘れもしない1995年です。でもあるとき、オリジナルのRef.96と並べる機会があって、ケースサイズは同じなのに、中身の凝縮感が全然違うんです。それで結局手放してしまうんです。

エポックを画した「オフショア」

ロイヤル オーク オフショア

広田:昔の時計を見てきた人と、新しい時計を好きになった人で、カルチャーの違いはありますよね。僕もRef.96みたいな凝縮感を"尊い"と思うんですけど、たとえば1993年のオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク オフショア」とか、あれ以降に時計を好きになった人は、大切に感じる部分が違いますよね?

飛田:オフショアが出たとき、私は日本デスコにいて、隣がAPを取り扱っていた部署だったんですよ。当時のロイヤル オークでも、主力は34mmのクオーツ、しかもコンビで黒ダイアル。日本仕様は日付ナシ。そこに、あのオーバーサイズのデザインが出てきたんです。ふた回り以上も大きいし、凝縮感とはまったく正反対のアプローチでした。

ビッグ・バン

広田:いまでは聞かないですけど、昔ジャン-クロード・ビバー(註1)にインタビューしたとき、ウブロの「ビッグ・バン」はオフショアの影響を受けたって漏らしてましたね。もちろん、時計としてはまったく別物ですけど。飛田:ビバーさんがAPに在籍していたのって、1980年代のいつ頃まででしたっけ?

広田:70年代の後半くらいだと思います。ブランパンに入る直前くらいで、80年代に入ってすぐ辞めた。その頃にパーペチュアルを作ったみたいです。

飛田:Cal.2120のQPですね。あれがちょうどビバーさんが携わった最後くらいでしょうか。82年からブランパンだから、APを辞めて、ブランパン、オメガスウォッチ グループのマネジメント、2000年代にウブロ……。なるほど計算は合いますね。そうか、結構影響受けたんですね……。

広田:オフショアが完全にデカ厚の流れを作って、その後にフランク ミュラーとパネライが大きな時計を作りはじめるんですけど、今にして思うと、やっぱり凝縮感って大切です。

飛田:とくにヴィンテージを知ってると、ね。

1980年代にはじまったこと

レベルソ

広田:新しい世代の人たちにとっては、物心ついた頃から「いい時計」がいっぱいあったじゃないですか? けれど、僕らの場合はヴィンテージを探すしかなかったんですよ。レベルソもRef.96も……。

飛田:たしかに1990年代に時計業界に入って、最初の数年はすごく悩みました。このまま現行品の世界にいるか、辞めてヴィンテージの世界に行くか。でも当時はヴィンテージなんてたいして儲からない。それで結局、現行に残ろうと思ったきっかけが、ジャガー・ルクルトの「マスター・コントロール」と「レベルソ」の60周年記念モデルだったんです。ジャン-マルク・ケラー(註2)が営業所まで来てくれて、マスターは本当に良い時計なんだって熱く語るんですよ。それにヤラれてしまったのかな(笑)。

広田:機械式時計の復権って、やっぱり80年代頃からなんですよ。ETAが「Cal.7750」(標準的なクロノグラフエボーシュ)の再生産を決めたのが83年。このムーブメントって、73年から作りはじめて、75年にやっと年産10万個に達しようとしていた。でも時代的に、クオーツに集中しろって社命がくだって、生産中止になるんです。それが83年に復活して、機械式クロノグラフがブームになるんですけど、そうした流れが普通の3針まで降りてくるのに、やっぱり10年くらいかかっているんです。

飛田:普通の3針がもう一度面白くなるのはやっぱり90年代なんですよね。当時はジラール・ペルゴがいちばん熱かった。まだ日本に時計専門誌なんてないから、イタリアから『オロロジ』誌などを取り寄せて読んでいると、なんだ時計の中身は全部同じじゃないかって時代に「GP3000」が発表されて、やっぱりその衝撃は大きかった。

適正サイズ問題

広田:現代の時計の作り方って、まず大きく作って立体感をもたせて、立体感をどんどん盛り込むと厚くなるから、今度は薄型だって。それである程度、立体感があって薄いっていうプロポーションが完成すると、次はダイアル。するとやっぱり「凝縮感」っていうのが重要なキーワードになっていきそうです。

飛田:これ、ずっと議論され続けている話題なんですけど、時計の適正サイズって、どうなんでしょう。むかし、シチズンの講習会に出席したときの話なんですけど「日本における紳士用の標準サイズは32mm」だって言うんですよ。32mmはちょっと小さいですよね?

広田:それぐらいのサイズ感って、僕も飛田さんも大好きなんですけど、いまでは標準とは呼べないですよね。

飛田:(持参した時計を手に取って)このヴァシュロン・コンスタンタンも32.5mmなんですけど、最初に見たときは大きいなって思ったものです。いま見ると全然小さいんですけどね。そうなると、凝縮感があって、適切なサイズ感というと、40mmくらい? アジア圏ではもっと小さいかもしれません。

広田:凝縮感っていうテーマで感動したのが、独立時計師のスヴェン・アンデルセン(註3)がフランク・ミュラーと組んで作ったパーペチュアルカレンダー レトログラード ミニッツリピーター。あれなんか凝縮感の極みですよ。

飛田:あのモジュールってアンデルセンとフランクなんだ。

広田:たしかに小さな時計なら凝縮感も出しやすいんですけど、いまの作り方では少し難しいかもしれません。

NAOYA HIDA ウォッチ・メーカー

飛田:現代のスタイルとは合わないですね。

広田:特殊な趣味の人にはいいんですけどね。飛田さんの時計「NAOYA HIDA ウォッチ・メーカー」は、うまく凝縮感を盛り込んだ好例だと思います。

飛田:直径37mmの中に最大の凝縮感を求めました。私の場合は、先に作りたいサイズを決めて、そこに凝縮感を盛り込むという手法です。これが大きなメーカーになると、ひとつのムーブメントをいろいろなプロダクトに使わないといけないからそういうことはできない。マイクロブランドだからこそ出来るんですよ(笑)。

広田:90〜2000年代のデカ厚から、デカ薄に変わってゆく流れで、薄くすると間延びするから、じゃあダイアルを華やかにしよう、という傾向が出てきた。

トラディショナル・マニュアルワインディング

飛田:いまは自社製ムーブメントもたくさんあります。たとえばヴァシュロンの「Cal.4400」。あれって12.5リーニュだから、機械としてはだいぶ大きいんですよ。たとえばそれを36.5mmのケースにぎっちり収めたい。近い例を挙げれば、「トラディショナル・マニュアルワインディング」。

広田:あれはだいぶ詰まってますね。ケース径がCal.4400のスモールセコンド版で38mmですからね。

飛田:ところでパテック フィリップは、「Cal.215 PS」の後継機をいつ作ってくれるのか? 直径は何mmで、振動数はいくつなのか?

広田:いや、作らないでしょう? 作れないですよ。

飛田:いつか作ってくれると思って楽しみにしているんですけどね(笑)。30年くらい待ち続けています。

広田:いま市場に手巻きの占める割合って5%以下と言われていて、その中にパネライがあって、A.ランゲ&ゾーネがあって、オメガの「スピードマスター」があって……。

飛田:パテック フィリップやヴァシュロンがあって、もちろんその中に複雑時計も入ってくる。

広田:やっぱり手巻き時計は市場としてはかなりニッチなんですよ。

飛田:私も手巻きが好きで、またウチの時計を買ってくれる顧客もだいたい手巻きが好きで……。それでも自動巻きはないの? っていう人いますからね。そうか、やっぱり新しいパテックの手巻きが生まれる可能性は低いか……。

「デイトジャスト 36」で決まり?

広田:凝縮感の最大要因って、ケースサイズに対してムーブメントサイズが適切なこと。やっぱりそこなのかなぁ?

デイトジャスト 36

© Masanori Yoshie

飛田:スイスのブランド側と話すと「そんなことを言っていたらバリエーション作れないし、クリエイティブの幅を狭めるだけだろ? おまえたち頭が固いよ」って言われてしまいますけどね。

広田:僕はわりと趣味が保守的だから、ベーシックなほうがいい。普段使いできないと時計は面白くないから、そうなると消去法で選ぶしかなくなるんです。加点方式じゃない。

飛田:ベーシック基準の消去法でいくと、ロレックスの「デイトジャスト 36」を買っておけば安心ってなってしまいそうです。

広田:そこにどこまで趣味性を盛り込むかって話になってきますね。定番から選ぶにしても、見やすいとか使いやすいとかは重要。それ以外は自由でいいと思うんです。

スピードマスター

飛田:結局そういった時計が生き残っていますよね。バランスで言うと、たとえばオメガ「スピードマスター」。あれ、ケースは40mmですけど、中身は27mmしかない。でも凝縮感はたしかにあるんです。二重ケースだからでしょうか?

広田:理由があるカタチは説得力ありますよ。

飛田:二重ケースって言っても、最新スポーツよりはるかに弱いわけですよね? そうなると"当時の最先端"を化石のように作り続けているイメージでしょうか。ちょっと原理主義的な話になってしまいますけど。

「日本一の時計通」はどんな人?

飛田直哉

飛田直哉  NAOYA HIDA & Co.代表

1990年代から複数の外資系専門商社でセールスやマーケティングを担当。F.P.ジュルヌやラルフ ローレン ウォッチ アンド ジュエリーの日本代表を務めた後、2018年にNAOYA HIDA & Co.を設立。高級時計の販売員トレーナーとしても活躍する。2020年は「NH TYPE 1C」と「NH TYPE 2A」を発表した。

広田雅将 

広田雅将  時計専門誌『クロノス 日本版』編集長

1974年、大阪府生まれ。時計ジャーナリスト。大学卒業後、サラリーマンなどを経て、2004年からライター業に専念。2016年に『クロノス 日本版』編集長に就任。国内外の時計専門誌・一般誌などに執筆多数。時計メーカーや販売店向けなどにも講演を数多く行う。ドイツの時計賞『ウォッチスターズ』審査員でもある。

ジャン-クロード・ビバー

(註1) ジャン-クロード・ビバー

スイス時計産業のビジネス成功請負人。クオーツが世界を席巻していた1980年代にブランパンを復興させ、間接的に機械式時計そのものの復権を成し遂げる。2005年にウブロから発表された「ビッグ・バン」は空前のヒットを記録。ウブロ会長、タグ・ホイヤーCEOを最後にウォッチビジネスの最前線からは身を引き、現在は執行権を持たないLVMHウォッチメイキングディヴィジョン会長として、後進の指導に尽力する。

(註2) ジャン-マルク・ケラー

1990年代頃にジャガー・ルクルトのインターナショナル・セールスダイレクターを務めた人物。飛田が日本デスコに入社した当時は、同社がジャガー・ルクルトの輸入業務全般を手掛けていた。

(註3) スヴェン・アンデルセン

デンマーク生まれの独立時計師。パテック フィリップの複雑時計製造部門で活躍した後、1984年に「アンデルセン・ジュネーブ」を設立。翌85年に結成されたAHCI(アカデミー/独立時計師協会)の会長も務めた。

Words 鈴木裕之 Hiroyuki Suzuki

写真協力・『クロノス 日本版』(時計)

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November 15, 2020 at 07:15AM
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