「音楽を介して、地域と列車の心をつなぎたい」
そう話し、豪華観光列車の停車駅でホームに降りてヴァイオリンの音色を北海道の人たちに届けてきた大迫淳英さん。音旅演出家と名乗り、2020年から夏の北海道で運行されているTHE ROYAL EXPRESSの演出や列車内での演奏を手がけています。
ホームでの演奏実現は念願だったと語る大迫さんに、その思いをじっくりと伺いました。
大迫淳英さん
≪大迫淳英さん/ヴァイオリニスト・音旅演出家≫
福岡教育大学芸術コース音楽専修を卒業。イタリア・ミラノ、チェコ・プラハ、ルーマニアで研鑽を積む。ベルリン・フィルバイオリン・アンサンブルの日本公演でソリストを務める。
JR九州クルーズトレイン「ななつ星in九州」の演出をプロデュースし、運行開始後305回(3年半)連続ですべての運行に乗務。現在は東急「THE ROYAL EXPRESS」の音旅演出家として演出をプロデュース。YouTube「おとたびチャンネル」で演奏の様子なども公開中。
2020年に始まった北海道クルーズトレイン「THE ROYAL EXPRESS(ザ・ロイヤル・エクスプレス)」の運行。ことしは8回予定されていて、9月23日からの3泊4日が最終運行となっています。
その最終運行を前に先日、NHK札幌放送局第3スタジオで大迫さんにお話を伺いました。
≪インタビューのPOINT≫
▷音旅演出家とはどのような仕事なのか
▷念願だったホームでの演奏
▷観光列車が地域で果たす役割とは
音旅演出家とは?
原点は「ななつ星in九州」
―――そもそも、大迫さんはTHE ROYAL EXPRESSでどんなお仕事をされているんですか?
大迫 ひとことで言うと、音旅演出家という肩書で車内の演出を担当しています。もう少し詳しくお話しすると、列車が立ち上がる・企画の段階からプロジェクトに参加しています。全体の旅の創生や「美しさきらめく旅」というコンセプトのコピーなど、東急の方々と一緒に新しい観光列車をつくってきたという形ですね。また、音楽家でもあるものですから、列車の中で演奏を届けたりしながら列車の演出をプロデュースした感じです。
―――プロデュースするだけじゃなくて、実際に乗務もしてる。
大迫 乗務、そうですね。実際に乗務をして演奏しています。
―――プロデュース兼乗務・演奏という働き方はTHE ROYAL EXPRESSが初めてなんですか?
大迫 実はその前に、JR九州が運行するクルーズトレイン「ななつ星in九州」という列車でも乗務をしていました。北海道と同じように企画の段階から携わり、さまざまなエンターテインメントをつくってきました。
その中で演奏を取り入れたいとJR九州から打診されたのが始まりです。当初私が受けたのは大分県の湯布院駅あたりで2時間ほど列車に乗り込み、演奏をしてほしいということでした。
―――スポット的に。
大迫 まさにスポット、よくある話ですよね。でも私は、それならやめた方がいいと提案しました。何の効果もないので、音楽のない列車にしたほうがいいと。もしやるのであれば、最初から最後まで私も乗せてくださいとお願いしました。同じ行程や食事であっても毎回、天気やお客様は違います。旅の肌感覚が違う中で同じ音楽を届けても心には響きません。何よりも忘れてはならないのは、主役は乗られるお客様です。仮に演奏家がスポット的に乗ってくると、お客様以上のお客様になってしまいます。それは避けたかったんです。その結果、演奏家も乗務員としておもてなしを担う形にしました。
―――一緒に旅をして同じ景色を見て、同じ時間を共にすることが心を寄せる上で重要だったんですね。
大迫 列車の説明から雑談まで、お客様とたくさんお話をするわけなんですね。一緒に旅をする感覚をもっている演奏家が演奏をすることは、垣根を取ってくれるんです。私が考える音楽家の良くない点のひとつに、どうしても敷居をつくってしまうことだと思うんです。特にクラシック系の演奏家はちょっとアカデミックに走りすぎてしまって、行儀よく聞かなきゃいけないんじゃないかとか、マナーとか考えてしまうじゃないですか。そうすると、壁ができる。
でも、本来音楽には壁は必要なく、自然と心を通わせるものだと思っているんです。その点、旅は心の壁をとってくれるものでもあります。音と旅を組み合わせることで、これまでとは違う音色がお客様に届けられるのではないかと考えているんです。
「壁を取り払い心をつなぎたい」
念願だった停車駅での演奏が実現
大迫さんは北海道で運行するにあたり大切にしたことがあります。
その一つが、停車駅に降りてヴァイオリンを披露すること。
9月23日からの最終運行でもあわせて12の駅で演奏を予定しています。
23日:帯広・幕別・池田
24日:釧路・標茶・川湯温泉・知床斜里
25日:網走・北見・遠軽
26日:旭川・岩見沢
ホームでの演奏は地域と列車をつなぐもの。
ここにかける大迫さんの思いに迫ります。
―――列車内での演奏だけではなく、停車駅のホームに降りてヴァイオリンを奏でていますが、なぜホームで演奏をしたいと考えたんですか?
大迫 列車を見に来てくれる、応援しに来てくれる方が本当に多いんですよ。農作業をしている方々が手を休めて列車の方を見て手を振ってくれるわけです。これが何より感動につながるんです。北海道の大自然、素晴らしい景色をはじめ観光資源は数限りなくあるんですが、お客様の心に残るのは地域の人たちのお出迎えなんです。けれども、外から見るだけで、中に乗れるわけではないし、料理が食べられるわけでもない。列車の壁を隔てて、車内と外ではどうしても世界が違うわけですよ。それを何とかつなげないかなと考えました。
そう考えた時、車内は物質的なものなのでしょうがないですが、音楽は私がヴァイオリンをもってホームに出さえすれば、車内で弾いている音楽を届けられるわけです。音楽を介して、地域と列車の心をつなぎたい。そういう思いで停車する駅では全部降りて、ヴァイオリンを弾くようにしました。
―――それはTHE ROYAL EXPRESSでやりはじめたことなんですか?
大迫 そうですね。でも、なかなか簡単ではなくて、やっぱり駅のしきたりもあるし、何よりも駅で一番大切なのは安全。駅では列車の侵入を知らせるなど、安全を確保するためのさまざまな放送があります。音楽を聴いていて、注意がおろそかになってはいけないわけです。ですから、駅の協力も必要。その点、JR北海道さんが協力してくれまして、運行当初からホームでの演奏を安全のなか行うことができているんです。
―――実際に聴いた人たちの反応はどうですか?
大迫 最初に私がホームに出てきた時は、「お、何しに来た」という感じでご覧になっているんですけど、演奏をすると皆さん旗を振ってくれたり、笑顔を見せてくれたり拍手をしてくださったり。嬉しいですよ。また、毎回降りて演奏していると何度もその駅に来てくださる人もいるんです。すると、時々演奏が終わり僕が列車に戻ろうとすると、小さな女の子がお手紙を渡してくれたり。
知床斜里駅では他の駅よりも少し時間があるので小さなコンサートをしているんですが、ある女の子がサインを求めてくれたんですね。スケッチブックだったのですが、サインをしていたら下に楽譜が透けていたんです。手書きの楽譜で、「どうしたの?」と聞くと、自分が書いた作品なんだと教えてくれました。その場で楽譜を即興で演奏したらとても喜んでくれて、私も嬉しかったです。
―――そうやって列車に合わせて駅に来てくださる地域の人たちに、大迫さんはどんなことを伝えたいですか?
大迫 そうですね。まずは感謝を伝えたいですね。駅に来るって大変だと思うんです。それも列車にあわせて。その気持ち、本当に嬉しいので、まずはその気持ちに感謝したいんです。それから、演奏を心に刻んで、また、来年、再来年と列車を迎えてほしいですし、演奏を聴いたことから何か新しい文化とか音楽とかに興味をもって、新しい世界を見つけてくれたらさらに嬉しいなと思います。
―――音旅というのは車内のお客様だけではなく、地域でお出迎えしてくれる人とも音楽を介していつながることで一つになることが重要なんだと、お話を聞いて理解が深まりました。
大迫 列車を迎えるだけでは誰も拍手はしないんですよね。拍手をするというのは、心が動くということ。その一つのきっけが音楽なんですね。手を振ってくれる、拍手をしてくれる。そしてまた見送ってくれる。それらが揃い、心がつながることが、音旅という、音楽と旅の融合の先に本当に求めるものがあると考えています。その音旅の具現化を見るのがいまの私の一番の楽しみでもあります。
「地域と一体に」
観光列車が果たす役割とは
鉄路の存廃問題が議論にあがる北海道。
そうした中、二つの会社が手を取り合い運行する観光列車が少しでも地域の未来、活性化につながることを大迫さんは願っています。
―――大迫さんにとって北海道を走るこの列車にはどのような意義があると考えているんですか?
大迫 そうですね。いままで、違う会社が組んで一つの列車を走らせるのはあんまりなかったんですよね。東急とJR北海道が一緒に手を取って、新しい取り組みをする。それも廃線の話が飛び交っている北海道で。たぶん、なんとかしたいと皆さん思っていらっしゃるけれども、やっぱり時代の流れがあって…。なかなか打つ手がないというのが現状じゃないかなと思うんです。ただ10年後、20年後、高齢化がもっと進んだり、状況が変わってくると、また必要になってくる路線もあると思うんです。そこまで何とか維持する、残すことは難しいけど大切な問題だと考えています。その北海道でこういう列車が走ることは一つの希望ではないかと私は考えています、鉄道を見つめる機会になったり、新しい鉄道に対する意識が生まれたり、変わってきたりするといいんじゃないかと考えています。
―――そのためにも、列車が地域のみなさんとつながることが重要だと。
大迫 そうですね。音楽で心がつながり、何か新しい光だとか風だとかを吹かせたい、何とか活性化させたいなとも思っています。この観光列車がそういう役割の一端でも担えれば素晴らしいことじゃないかなと思って、乗務しています。
価格帯も高いですし、ただ走るだけなら地域のみなさん「豪華なやつが走るのね」と、よそ事に感じてしまうことがあると思うんです。それを「自分の町を走る列車がある」と、自分事にしてもらえなければ意味がないんです。
観光列車の一番大事なことは、地域と一緒に、ともにあるということ。
「THE ROYAL EXPRESSという列車が走るらしいよ~」「へぇー」、で終わってしまってはダメ。それを常に意識しています。
―――ことしの最終運行でも素敵な出会いがたくさんあるといいですね。
大迫 本当に多くの方が来てくれて、また新しい出会いを楽しみたいと思っています。ありがとうございました。
インタビュー内容は9月20日(火)のほっとニュース北海道でお伝えします。
放送終了後に北海道NEWS WEBのほか、NHKプラスの見逃し配信サービス(1週間)でもご覧いただけます。
2022年9月20日 瀬田宙大
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