ようやく渡航の自由が少しずつ戻ってきた──。今年2月にいち早くツーリストに門戸を開放したオーストラリアを5月に訪問した。現地の模様を2回にわたり報告したい。
摩天楼と絶滅危惧種のギャップ 「地球」のこれからは?
およそ2年半ぶりの海外取材。旅を仕事の基盤にしてきた私にとって、この空白は言いようがないほど長かった。新型コロナウイルスの感染拡大で人と人との行き来がほとんどなくなった中で、旅の意味は変わったのか? 旅の目的地としてのオーストラリアは変化したのか? そのあたりに興味があり、探ってみることにした。
「コンシャス・トラベル」(conscious travel)という言葉が最近、オーストラリアの旅行業界で使われるようになっている。意訳すれば「高い意識を満足させる旅」ということになる。
地球温暖化や環境保全、食の安全性、生物多様性、ジェンダー、プラスチックゴミ、フードロス、先住民文化の尊重……。私たちが日常生活で意識すべき地球規模の課題は多い。その意識を「非日常」である旅行の間も忘れたくないという人が増えているという。
例えば、生態系の大切さを教わりながら歩くエコツアー、カーボンフリーを売りにしたリゾート地などが「コンシャス・トラベル」を体現している。
土曜日の午後、シドニー郊外ではボンダイ・ビーチと人気を二分するマンリー・ビーチで、エコツアーを体験した。シドニー市街からマンリー・ビーチへは陸路でも行けるが、ハーバーから頻繁に出ているフェリーで行く方が早く、何と言っても水上での移動は気分が良い。
ハーバーブリッジを見上げ、遠ざかる摩天楼を見送るうちに20分ほどでマンリー・ワーフ(埠頭〈ふとう〉)に着く。水際のレストランのデッキは、陽光を求めるツーリストでにぎわっていた。
埠頭から椰子(ヤシ)の木が陰を作る古風なプロムナード、ザ・コルソを10分も歩くと、松並木の先にオフェリア・ブルーの海が見えてくる。緩やかに弧を描く白砂のビーチが約1.5キロにわたって続く。南半球の5月は晩秋から初冬だが、日差しは強く、水に入って波と戯れる人も多くおり、さながら夏の景観だ。オーストラリアでは都市部でもビーチは手付かずのままで、波打ち際に建造物が建つことはほとんどない。こういったところにも「意識の高さ」は表れる。
ビーチ沿いに南へ20分歩くと、シェリー・ビーチに出る。ここはマンリー・ビーチに隣接しつつも独立したビーチになっている。幅は約200メートル。キャベッジ・ツリー・ベイという小さな入り江に面しているため外洋の影響をほとんど受けず、いつも波が静かであることからシュノーケリングの好適地として知られている。
「この入り江では160種類以上の魚を見ることができます。運が良ければ絶滅危惧種のブルーグローパーやタツノオトシゴと出会えるかもしれませんよ」。こう教えてくれたのは、今回のエコツアーのガイド役で、「エコ・トレジャーズ」代表のダミアン・マクレランさん。「水に入る前にまずは岬に登って話をしましょう」
ビーチの北端にそびえる岩山がシェリー・ビーチ・ヘッド・ランド岬だ。頂からはキャベッジ・ツリー・ベイが一望でき、遠くに目をやれば、マンリー・ビーチ、さらには外洋の大海原が見晴らせる。オージーにとってビーチ・カルチャーの歴史がいかに古く、またどれほど生活の一部になっているかをダミアンさんが話してくれた。
ちょうどその時、入り江でシュノーケリングをしている人々の間を数頭のイルカが泳いでいるのが見えた。「この入り江では根付きの生き物だけでなく、イルカのように外洋から回遊してくる生き物とも出会えます」
ダミアンさんは続ける。「キャベッジ・ツリー・ベイは水生保護区に指定されていて、『ノー・テイク・ルール』が適用されています。ノー・テイクとは、いかなる方法でも、魚や貝、海草などを捕獲・採集したり、危害を加えたり、持ち帰ったりしてはならないというものです」
世界各地の都市近郊の海と同じように、このあたりも20〜30年くらい前は汚染と乱獲の影響でひどい状態だったという。その後、かつての自然を取り戻したいという機運が高まり、復旧に向けたリサーチとさまざまな取り組みが繰り返されてきた。
2002年にニューサウスウェールズ州政府によって「ノー・テイク」の保護区指定が施行され、その後も時間をかけて現在の姿に戻していったとのこと。日本の都市部から1時間圏内でここまで徹底した取り組みをおこなっているビーチが果たしてあるだろうか? 自分が属しているコミュニティーのありさまを振り返る機会を持てることも「旅の意義」に違いない。
ビーチに戻り、水着に着替えて、短い時間だったがシュノーケリングを楽しんだ。水はひんやりとして冷たかったが、ラッシュガードを着ていれば凍えるというほどではない。この日は水が少し濁り、出会えた魚も数種類と限られていたが、それでも魚影は濃く、海の中をのぞくことで、見知らぬ旅先の土地がグッと身近になった気がした。
摩天楼とアザラシが共存する空間
帰りにはもう一つのお楽しみが待っていた。マンリー・ワーフからは「マイ・シドニー・ボート」が運営する貸し切りのクルージング・ボートでシドニーに戻るのだ。
屹立(きつりつ)する崖、アザラシがのんびりと寝そべる岩、シドニー・ハーバー国立公園の自然美を堪能しながらボートは進む。この海域を毎年4万頭以上のクジラが通過していくのだと、キャプテンのマーク・ダルグレイシュさんが教えてくれた。
海からしかアクセスできない“楽園ビーチ”として知られるストア・ビーチ、オーストラリア最古の漁村ワトソンズ・ベイなどを巡ったころ、キャプテンがスパークリングワインと寿司(すし)プラッターをサービスしてくれた。シャンパングラスの中に夕景を写しつつ、ボートはポート・ジャクソン湾の内奥へと進んでいく。オペラハウスをかすめ、ハーバーブリッジをくぐるころには日もとっぷり暮れて、摩天楼の照明が水面に光の粒を躍らせていた。写真や映像で見知っていたはずの観光スポットも水面からあらためて間近に眺めると、そのスケール感と意匠の美しさに圧倒されるのだった。
高層ビル群からわずか1時間圏内に、生き生きとした自然が残る。逆に、自然のただ中からわずかな時間でテクノロジーとデザイン性の粋を極めた、ハイパーな都市の中に戻れる。このドラマチックなギャップを生むために、どれだけの知恵が集められ、人々の協調的な行動が行われてきたことか。8時間ほどのショート・トリップはさまざまな示唆に富んでいた。
※後編はタスマニアからの報告を予定しています。
【関連情報】
① エコ・トレジャーズの「プライベート・マンリー・シュノーケル・ツアー」
地元のエコガイドによる解説付き散策とシュノーケリングを楽しめる。所要2時間、1人150オーストラリアドル、2人300オーストラリアドル、3-5人500オーストラリアドル(1オーストラリアドル=約92円、用具のレンタル、デモンストレーション付き)。
② マイ・シドニー・ボートの貸し切りクルーズ
最大10名までの利用で、90分間980オーストラリアドル。または3時間1780オーストラリアドル。280オーストラリアドルを追加すれば、オーストラリア産プレミアム・スパークリングワインとシドニーのマーケットから取り寄せる寿司プラッターが付く。カップルなど少人数での利用も可能。
協力:Tourism Australia(オーストラリア政府観光局)
撮影:浮田泰幸、 Eco Treasures、 My Sydney Boat
from "旅" - Google ニュース https://ift.tt/aOcF9oC
via IFTTT
Bagikan Berita Ini
0 Response to "シドニー郊外で自然との共生を考える旅 2年半ぶりの海外取材(前編) - 朝日新聞デジタル"
Post a Comment